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静岡県私学教育振興会

設立趣意書

 時代が如何様に変わり、教育制度がどのように変遷しようとも、私立学校教育は、人間、社会、国家、人類にとって不可欠の公共的教育機関であるとわれわれは信じている。
 この確信は、より高い価値のあるものにあこがれ、真の幸福を追求してやまない人間性に基づくもので、従って、この確信に立脚して行ぜられるわれわれ私学の理想は遠大であり、これを実現せんとする努力は、生涯を賭け、さらに後継者を通して、限りなく、懸命に続けられる。
 学校という教育形態をとる以上、私学の理想達成には良き教師と適当な施設、設備が要る。そして、時代の進展に伴い、これ等、良き教師の確保と、適当な施設、設備の整備には多額の経費が必要となり、今日、及び将来の私学は強固な経済力を持つに非ざれば其の理想のより効果的実現は困難となった。
 わが国大部分の私学と同様、この私学経営に要する財源を大部分父兄負担に俟たねばならぬ本県私学は、今日その必要とする経費の増加に比し、父兄の学費負担能力がこれに伴わず、大きな困難に直面した。
 そして、この困難は将来も相当長期にわたって継続されるであろうことが予想される。
 貧しさに堪えて、高き理想に生きることは勿論学校教育においても必要であるが、学校教育という性格からその使命達成には自ら最低必要限度の経費が必要である。もし、この必要経費すら無く、その為に、良き教師が得られず、必要な施設、設備すら事欠くということになったら由々しい問題であるが、今や私学は正にこの由々しき事態に立至りつつある。
 今にして、この事態を打開し、将来の憂いに備えることを考えないならば、私学は次第にその公共的教育機関としての価値を発揮出来ないようになるであろう。
 かかる事態は私学にとって勿論、社会全体としても不幸なことである。
 国の私学振興会の貸付や助成にも限度があり、昭和23年度以降毎年支出されてきた県費助成金も近年は年々著しく減額されるばかりである。
 私学のこの困難を打開する方法としてわれわれが考えることは
(第1案) 私学の公共性に鑑み、国又は都道府県の私学に対する貸付をもっと充分にし、相当額の助成金を必要期間、継続して支出することを制度化して貰うこと。
(第2案) 県内私学が共有、かつ強力な基金を造成し、この基金の運用により、経済的困難を打開すること。
である。
 しかし、前記第1案は、わが国並びに本県の現状では早急な実現は望み得ないので、われわれは後者、第2案の実現を念願した次第である。
 しかも強力な基金の早急な造成はわれわれの切望するところであるが、現在経済的困難下に在る私学の独力では到底不可能なことであるから、県が一定期間この基金の造成、強化の為、強力な助成策を講じて下さるようわれわれは県当局に陳情したところ、県は今回この願いを容れ、昭和33年より「私学基金」の造成による本県私学振興策を県の重点的施策の一つとして 実施して下さることになったのである。
 わが国教育行政史上、前例の無い、この画期的方策を全国にさきがけて創設せられた静岡県当局の英断と善政に対し、われわれは心からの感謝を捧げる次第である。
 われわれは昭和33年度より昭和42年度まで向こう10か年間に基金3億円を作ることを目標とする。
 この基金制度を設立するに当たり、最も大切なことは、この基金の目的を有効に達するよう正確、且つ公平に運営されることを鉄則とすることであるが、更に大切なことは、この基金造成の目標額3億円を遅くとも、昭和42年度までに造成することを固く確認し合うことである。
 理由は、私学が金を必要とするのは今であり、私学がその基礎を確立するには今が絶好の機会であるから、基金をこの現在の必要に間に合わせたいのである。
 また、強力な基金が早く出来れば問題の私学父兄の学費過重負担も軽減できる。
 そして、施設、設備の最低、応急の整備が終ったら、われわれは次に、私学百年の大計として、老朽校舎の根本的改築に取掛からなければならないし、教職員の為の恒久的生活安定策も講じなければならない。その為には基金3億円の目標を出来るだけ早く実現したい。
 この基金は、県の助成金の行詰り打開策に端を発し、県の利子補給による市中銀行からの融資斡旋方法を発展的に解消し、なお、国の振興会からの融資不足の解決策とし、究極に於ては、私学がこの基金の上に安定した自立態勢の確立できることを目的としたものである。
 故に、この私学の自立態勢の確立という基金の根本目標をこの際確認して置かねばならない。
 私学の自立とはいうまでもなく1校毎の自立であり、同時に必要なことは、私学団体全体としての自治自律である。これは私学にとっては勿論、県民教育の上に大切なことである。
 殊に1校毎に個性が異なり、独自な校風に生きる私学は、うっかりすると対立し、無価値な競争意識をもったり、或いは逆に超然として独立し、必要な提携協力が出来ないようになったりする危険がある。これは、高い教育理想に生きる私学としては矛盾したことであり、はずべきことであり、また私学発展の最大の障碍となるものである。
 基金は、この個性や規模の違いの甚しい私学が、互いに小異を捨てて大同につき、互敬、相愛の精神の下、協力、互助、以て自校のみならず県内全私学が揃って立派なものになろうという努力の中核となり、私学全体を固く結束させる絆ともなる。
 このように、個性の異なるものが、その集合体である社会、人類、全体としては、互敬、相愛、協力、互助、以てお互の繁栄をはかり、究極に於てはその構成分子、個々の幸福、増進を考えるという斯様な精神と社会体制とを作ることが今日の人類にとって最も大切なことであるとするならば、このような精神の養成、実践の場となるこの基金は単に私学の発展ということの為にだけではなく、社会全体の上に大きな文化的意義を持つようになると思う次第である。
 以上、経済的効果と精神的効果とを意図して、われわれはこの基金を造成しながら、本県私学教育の飛躍的発展をはかりたい為に、ここに社団法人静岡県私学教育振興会を創立せんとしたものであることを述べ以て設立趣意書とする。

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